私の人生で最も愛した君へ
ずっと、言えなかったことがあります。
君には一生隠し通すつもりだったけど、
やっぱり無理だったみたいだね。
私は18歳、高3の冬、君との子供を身ごもり、
君に相談することなくひとりで堕ろしました。
一度だけ、生でしたことがあったでしょう。
君は生真面目に生はダメだと言ったけど、
私も自覚が足りなくて、
快感に負けて軽率にやってしまった。
私達は本当にバカだったよね。
もちろん高校生の私に産む決断も、
堕ろすお金を用意することもできず、
母親にバレたの。
うちは一族全員教員の教育一家なのは
知ってるよね。
おじいちゃんは教育長。
その上群馬の田舎だから、
一度噂が回ったら一気に広まり、
そこで暮らせなくなる。
教員の世界は体面とコネの世界。
おじいちゃんのツテがなければ
私は絶対に教師にはなれない。
当然おじいちゃんや母親からは
強く叱られ、そして
「このことはなかったことにする」
ということになったの。
あのとき君に伝えれば、
君は何を犠牲にしても
「産め」と言ったと思う。
君はバイトをしていたし、
貯金もあった。
だからきっと、君は悩みながら、
小説やドラマみたいに、
身内の反対を押し切ってでも、
私を拉致して逃げるくらいしたと思う。
普通に考えて、それがどんなに無謀で
バカな行動でもね。
何より、君がどれだけ
私を愛してくれていたか、
私を大事にしていてくれたか、
私は誰よりも知っていた。
だからこそ。
産むという選択を
私が取るわけにいかなかった。
君は私と子どものためになら、
簡単に自分の人生を棒に振る。
私は子どもを理由にして、
君の人生も台無しにしてしまうと
思った。
いや、それも全部、私のエゴ。
私自身を守る言い訳。
私はそう言い訳して、
自分の選択を正当化したの。
恐怖から逃れるために。
私が。私の弱さが、
「君の人生の全部を巻き込み、
私達の子どもを産んで育てる」
という未来を
選べなかった。
私には
覚悟が足りなかった。
勝手に決めて
ごめんなさい。
弱くて
ごめんなさい。
おなかの子どもに、
何度も何度も謝ったの。
私が、私の弱さが、
自分勝手にあなたを
殺してしまった。
生きたかったよね。
産まれてきたかったよね。
ごめんね。
ごめんなさい。
私が受験を失敗したのは
それが原因で、その後
君と会わなかったのも、
君を忘れようとしたのも、すべて
「産んであげられなかったその子」に
負い目があったから。
本当は君と私の問題なのに、
君に真実を打ち明けられなかった
負い目もずっとあった。
子どもを堕ろし、
身体がもとに戻り、
生理が復活した頃から、
私は子どもと君のことを、
懸命に忘れようとした。
私が君を突き放せば、
君も私のことを忘れてくれると
思った。
でも、君は私を
ずっとずっと待っていた。
馬鹿みたいに純粋に、
高3のときにふたりで育てた
宝石みたいな愛を
宝物みたいにひとりで抱えて、
そのまま大切に守っていた。
君の人格は私が思ってるよりも、
はるかに純粋だったね。
でも、そんな君と会うたび、
私は自分の手と心が
黒く染まっていることを、
否応なく思い知らされた。
君は綺麗で純粋なまま、
私だけが汚れていた。
君に言わないと
決断したのは私なのに、
子どものことを知らずに
一途に私を想い待っていた君が、
あまりに綺麗で、
眩しくて、
愛しくて、
憎らしかった。
私は母親と祖父に、
君との交際を禁じられていた。
田舎の教育一家としての
体面だね。
でも、そんなの知るか
と思った。
高校生の時は
従うしかなかったけど、
私はもう成人だ。
私が付き合いたい人間は
私が決める。
そして、歪んだ私は、
君の純粋な気持ちを利用した。
私はあえて、
君の心と身体を弄んだ。
君も、真実を知らないままで、
私と一緒に汚れてほしかった。
道徳を捨ててほしかった。
純粋な君を壊したかった。
そんな矛盾した気持ちで、
私は君を求めてたの。
ごめんね。
私の君への気持ちはもう、
高3のときの綺麗な愛ではなく、
荒んで汚れきっている。
君のことが
本当に大好きだったけど、
ふと大嫌いな気もした。
愛しくてたまらなかったけど、
同時に憎くてたまらないような
気もした。
でも、真実が君に伝わり、
事が公になることを
あんなに忌避していた母親が、
君に直接連絡を取ると
言い出すとは思わなかったな。
そもそもこんないびつな関係を、
ずっと続けられるわけが
ないよね。
母親に
君に会ってることがバレたから、
これが潮時だと思い、
私も観念することにした。
真実がバレてしまった以上、
君は私に対して罪悪感を感じ、
知らなかった自分を
ひたすらに責め、
責任を取ろうとするでしょう。
君はわかりやすいから、
手に取るようにわかるよ。
もう取り返しがつかない過去に、
どうやって責任を取るの?
だから、
私は君ともう会えない。
君が愛した私はもういないし、
君に責任なんて取ってほしくない。
言ったでしょ、
この件において悪いのは私。
バカにしないでほしい。
私の決断を、
君ごときが肩代わりできるなんて
思うなよ。
さて、君は今、
どういう気持ちだろう。
私の正体に、
今度こそ幻滅してくれたかな。
ごめんね。
君の愛した
私のままでいられなくて。
そして、こんな私を、
それでもずっと変わらず
何年も愛してくれたね。
広い心で、
牧場みたいに
私を慈しんでくれた。
私が浮気すると
思わなかったの?
人一倍
独占欲が強いクセに。
前にも何度か言ったけど、
私は父親がいなかったから、
君にそれを重ねていたのかも
しれないね。
たくさんの無償の愛を、
ありがとね。
今度こそ
さよならだよ。
最後に。
私も君を、
誰よりも愛していました。